滋賀県・瀬田川からはじまったアンチドーピングの輪!〜「スポーツ界からドーピングを無くしたい!」世界で活躍するスポーツファーマシスト・吉田 哲朗さん〜【後編】

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滋賀県・瀬田川からはじまったアンチドーピングの輪!〜「スポーツ界からドーピングを無くしたい!」世界で活躍するスポーツファーマシスト・吉田 哲朗さん〜【後編】

スポーツ界からドーピングをなくしたい!

山岡 吉田さん、今日はよろしくお願いします!まずは自己紹介をお願いします。

吉田 公認スポーツファーマシスト、スポーツ薬剤師の吉田哲朗(よしだてつろう)と申します。スポーツファーマシストというのはアンチドーピングの専門知識を持った薬剤師の資格のことで、スポーツ選手がうっかりドーピングにならないように防ぐのが仕事です。たった一回の「うっかり」で選手生命が絶たれてしまうのは、とても残念なことです。現在、私はスポーツ界のドーピングを0にするために活動をしており、医師、歯科医師、薬剤師、栄養士、理学療法士、柔道整復師、鍼灸師など10を超える職種、159名(2021年1月20日現在)が集う「ドーピング0会」というオンラインコミュニティを運営しています。

はじまりは瀬田川。あるボート選手の「えっ、なんでこの薬!?」

山岡 人生の転機となった「船台(ボートを漕ぎだす場所)」でお話を聞きました!
―ありがとうございます。私は吉田さんの熱い想いに心動かされた一人なので、今日のお話をとても楽しみにして来たのですが、なぜ瀬田川に?

吉田 実は2019年の夏に山岡さんから相談のあった「瀬田川のボート選手」が、僕のスポーツファーマシストとしての活動を拡げていくキッカケになったんです。2019年当時は相談事例もあまりなくて、あっても「風邪薬」など一般的な相談ばかりだったのですが、そんな中で山岡さんからの相談は、スポーツにおける「競技特性」や「選手の状況」などを深く考える最初のキッカケになったんですよね。
<font size='2' color='blue'>公認スポーツファーマシスト(スポーツ薬剤師)吉田哲朗さん。</font>
公認スポーツファーマシスト(スポーツ薬剤師)吉田哲朗さん。
吉田 整形外科医師の先生からその選手に処方された薬が珍しくて、「えっ、なんでこの薬!?」と思いました。ボートは屋外で活動するスポーツですが、湿布薬の成分が日光に反応してしまう可能性のあるものだったり、痛み止めもかなり強い作用を持つものでした。薬と競技を考えて、「この薬が出されているということは、信じられないくらい痛いんだな…」とか、「屋外で使うと、リスクがある薬であることをこの選手は知っているのだろうか?」など、会ったことのない選手の心境を思い浮かべ、想像力をMAXに働かせました。
また、それまでは「相談のあった選手が、その後どうなったか」について知ることが無かったんですが、この事例は山岡さんからのフィードバックがあって、自分がスポーツファーマシストとして役に立っている!という実感があったんです。彼が引退試合のインカレで入賞したと聞いた時、「よっしゃ!」と思いましたし、めちゃくちゃ嬉しかったですね。

この関わりを通して「あっ、瀬田川って、ボートの練習を結構やっているんだな。」と気づいたり、普段見えている景色が変わった印象的な経験でした。
<font size='2' color='blue'>吉田さんの転機となった選手の「後輩たち」が、今日も力強くボートを漕いでいます!(写真提供/同志社大学ボート部)</font>
吉田さんの転機となった選手の「後輩たち」が、今日も力強くボートを漕いでいます!(写真提供/同志社大学ボート部)

将来的には「スポーツファーマシスト」という資格がなくなればいい。

山岡 なんと、そんな転機になっていたとは・・・私も嬉しい驚きを隠せませんが、その選手もとても喜んでくれると思います!吉田さんご自身は、ドーピングについてどのようにお考えですか?

吉田 ドーピングはフェアプレイ精神に反し、スポーツの価値を崩すもの・・・という教科書的なことはもちろんですが、一人の医療者として、ドーピングは「健康を害する危険性のあること」なので、絶対に止めたいです。薬は使い方を誤ると、その人の人生を狂わせる危険性をはらんでいます。用法用量を守ることの大切さを、薬剤師としてまずは伝えたいですね。
<font size='2' color='blue'>少しお散歩すると、遊覧船やモーターボートが!瀬田川ならではの風景です。</font>
少しお散歩すると、遊覧船やモーターボートが!瀬田川ならではの風景です。
吉田 その上で、スポーツファーマシストとして僕が目指しているゴールは、「スポーツの価値を守り、高めることで、スポーツをもっと身近にすること」なんです。正々堂々と選手が戦い、感動を呼び起こすようなスポーツ界ができれば、子供達だけではなくて、おじいちゃんやおばあちゃんも外に出てくる。年齢に関わらず「スポーツをやってみよう!」と、気持ちが動かされると思うんです。スポーツを通していつまでも元気に過ごせる身体づくりができれば、すごく素敵ですよね。それが健康寿命の延伸にもつながると考えています。

このゴールに辿り着くには、アスリートの皆さんに「どれだけ健全にスポーツをしてもらえるか」が重要で、それをスポーツ界に浸透させていくことが自分の役割だと思います。将来的にはスポーツファーマシストという資格がなくなればいいと思っていて、それはなぜなら、スポーツ界からドーピングがなくなればスポーツファーマシストは不要だからです。
<font size='2' color='blue'>遊覧船が悠々と行き交う瀬田川を背景に、お話はどんどん深まっていきます。</font>
遊覧船が悠々と行き交う瀬田川を背景に、お話はどんどん深まっていきます。

ある選手の言葉「今までずっと不安だった」から見えた、自分の役割。

山岡 吉田さんのスポーツファーマシストとしての志がどんどん明らかになり、ワクワクしてきました!アスリートの方とのエピソード、もっと知りたいです!

吉田 「今までずっと不安だったけど、相談することで安心できた」。これはある陸上選手の方のサプリメントの相談を受けた後に、その選手から直接いただいた言葉です。これでハッと気づいたのが、自分は『安心』を届けたかったんだ、ということです。

選手の「不安」は「自分自身では判断できないこと、わからないこと」から生まれているんです。薬やサプリメントはコンディションを整えたり、競技力を向上するための一助になり得ますが、選手からすると、もしかしたらドーピングかもしれないし、自分の体質に合うかどうかも分からない、つまり「リスクがあるもの」です。これを摂ってもいいんだろうか、という不安がつきまとう。この不安を拭って、「安心を届ける」ことこそが自分の仕事だと思いました。
<font size='2' color='blue'>更に歩を進め、公園へ。飛躍の象徴・ハトに囲まれて・・・</font>
更に歩を進め、公園へ。飛躍の象徴・ハトに囲まれて・・・
吉田 そして、不安を抱えているのは実は選手だけではありません。トレーナーを始めとするスポーツ関係者やスポーツ医療関係者が不安を抱えていることもあります。自分がスポーツファーマシストとしてアンチドーピングに関する専門知識でサポートをすることで、例えばトレーナーは選手のコンディショニングなどの自分の仕事に集中できる。そうすれば、結果的に選手はベストコンディションで競技に挑むことができます。選手はもちろん、トレーナーを始めとするスポーツ関係者を、アンチドーピングという自分の専門性で支えることが役割だと考えていますし、自分がしている活動はスポーツの価値を守るだけではなく、高めているのかもしれないな、と気づくことができました。
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ハト、更に大集合です。公園の紅葉も水面に映えます。

主催団体「ドーピング0会」・・・通称「0会(ぜろかい)」とは。

山岡 そのお話、すごくよく分かります。私もトレーナーとしてスポーツ現場に関わっていて、選手のみなさんから色んなことを聞かれます。信頼を得られていると感じて嬉しい一方で、「私は理学療法士だから、薬やサプリメントのことは専門外で・・・」とあたふたしてしまうこともよくあります。そんな時に、吉田さんが主催されている「ドーピング0会」の先生方によく助けていただいていて、本当に感謝しているんです!

吉田 良かったです!山岡さんは0会のヘビーユーザーですもんね(笑)。お気づきの通り、0会には薬剤師以外の医療系専門職の先生方にも入っていただいていて、他職種での連携を意識しています。スポーツ医学に関する疑問・質問に、僕ら薬剤師だけでなく、色々な診療科の医師・看護師・栄養士・臨床心理士などの先生方や、現場で活躍されているトレーナーの方々が自分の視点で答え、ディスカッションしていく。そこで生まれる気づきもあって、会話の流れを見ているだけでも面白いです。
<font size='2' color='blue'>ご覧ください、キラキラの水面!私の大好きな光景です!!</font>
ご覧ください、キラキラの水面!私の大好きな光景です!!
吉田 0会のスタートは、自分自身の劣等感でした。僕は薬剤師ですが、会社勤めのサラリーマンで、薬局などでのいわゆる「臨床経験」が無いんです。資格取得のために勉強した知識も実地では使っていないし、「こんな自分がアスリートの役に立てるのだろうか」と不安だったんです。

でもある時、発想の転換で、「どんな専門家にも強みがあって弱みがある。自分にもできることはあるはずだし、自分では無理だと思うところは、その道の専門家に任せよう。」と考えが変わって。そこで多職種連携を意識するようになって、0会を始めました。お互いの専門領域を知っておかないと頼れないから、0会で色んな勉強会を主催したり、いつでも気軽に相談できる横のつながりを作ることが重要だと考えています

そして、この活動を通して薬剤師業界に新しい道を示すことができないか、とも考えています。「一歩、外に出れば、世界は面白い!」ということを、薬剤師の仲間たちに伝え、薬剤師業界を盛り上げられれば最高ですね!

新しい時代のアスリートサポートの形:SNSと多職種連携。

<font size='2' color='blue'>お話&お散歩もそろそろ佳境へ。また違った雰囲気の橋の前で1ショット。そして、また遊覧船が!本日2回目の遭遇。吉田さん、持ってますね!</font>
お話&お散歩もそろそろ佳境へ。また違った雰囲気の橋の前で1ショット。そして、また遊覧船が!本日2回目の遭遇。吉田さん、持ってますね!
山岡 0会誕生秘話、ありがとうございます!今どんどん盛り上がっていて、所属している私も面白くって。女性アスリート部会ができたり、Twitterアカウントが立ち上がったりしていますね。

吉田 そうですね。私にとってSNSは人と繋がるツールであり、なくてはならないものです。元々は個人のTwitterアカウントやYoutubeチャンネルでアンチドーピング情報を発信していたのですが、最近はありがたいことに、メンバーの方々が協力し、ドーピング0会、つまり団体としての情報発信を始めてくださいました。主催者としてはもう、感謝しかないですよね。0会のフラットな空気感はそのままにもっと仲間を増やして大きくしていきたいです。

スポーツファーマシストは自分が直接選手に関わるわけではないかもしれないけれど、ある意味では関連人数が多いというか、どこまでも世界が拡がる活動なんだ、と気付かされました。これはSNS活用の良さでもありますよね。

行動すると、ひとつ目のドミノが倒れる。

山岡 今や世界レベルにアンチドーピング相談対応をされているトップランナーの吉田さんの言葉に、勇気や元気をもらう「スポーツを支える人」がたくさんいらっしゃると思います。私も背中を押してもらった一人なのですが、今のご自分はなぜ在ると思いますか?

吉田 行動しているから、でしょうか。行動するとひとつ目のドミノが倒れます。私の場合、とあるセミナーの前座でお話させていただいてから、世界が一気に広がりました。一方で、何か新しいことを始めようとすると不安はありますし、一歩踏み出すのにパワーと時間がかかります。そこで恐れずに一歩を踏み出すことが大切だと思います。

薬剤師の後輩が、0会の活動を見て「より広い世界にチャレンジしたい」と転職する決意を固めたことを知った時、本当に嬉しかったんです。あぁ、背中を押せたんだなと思って。0会には、新たなチャレンジに向かってみんなで応援し合う雰囲気があるのがとても嬉しいです。これは医療者あるあるなんですが、好きなことは「他者支援」なんですよね。0会のメンバーも医療者が多いので、誰かのためにサポートする空気感に包まれているんだと思います。僕としては特にスポーツに関連して、選手や支援者の背中を押していきたいですね。全国へ出向く時にはその先々で人に会ってつながりを作るように意識していて、各地で様々なコラボレーションが生まれていることが楽しくて仕方ないです。
<font size='2' color='blue'>「スポーツ界からドーピングを無くしたい!」と熱く力説!</font>
「スポーツ界からドーピングを無くしたい!」と熱く力説!

貢献のための成長。仲間たちと共に、世界にチャレンジ!

山岡 楽しいお話、本当にありがとうございました。最後に一言、お願いします!

吉田 最近「貢献のための成長」という言葉に出会い、感銘を受けました。自分の成長が、誰かの貢献になる。他の人のためなら僕も成長しよう、頑張ろうと自分の中にストンと落ちたんです。自分がきっかけとなり、他の誰かの成長を促せるとしたら最高ですね。引き続き、スポーツ界のドーピング0を目指して活動していきます。こちらこそ、今日はありがとうございました!
■ドーピング0会
アンチドーピングの知識を広め、スポーツ界のドーピングを0にすることを目的に活動しているオンラインコミュニティです。 医師、歯科医師、薬剤師、看護師、PT、AT、栄養士、鍼灸師、柔整師、臨床心理士等、159名(2021年1月20日現在)で活動中です。アンチドーピングについての知識や、ニュースについて発信しています!

近隣で開催される
ワールドマスターズゲームズ
2021関西の競技

山岡 彩加
投稿者紹介

山岡 彩加

ボート競技(Rowing)が大好きな奈良っこです!普段は病院の理学療法士/トレーナー活動をしています。
・日本ボート協会パラローイング委員会 スタッフ
・日本財団パラリンピックサポートセンター あすチャレ!メッセンジャー認定講師
・第23期滋賀県スポーツ推進審議会委員
・一般社団法人ココカラボ「Step+」主任インストラクター