アンバサダー

大会応援大使 武井 壮
大会応援大使

武井 壮(たけい そう) So Takei

関西は私の人生を大きく変えてくれた陸上競技と出会った思い出深い地域です。今の人生の支えとなる大きな力を頂いたこの関西の地で、世界中のアスリート達と最高の戦いと交流ができるこの大会をより多くの人たちに楽しんでもらうため、アンバサダーとして全力でPRしつつ、また選手としても活躍できるよう全力で鍛えて技を磨いていきたいと思います!

プロフィール小学生の頃にスポーツ理論に目覚め、独自に構築したトレーニング理論をもって、幼少期から格闘技、野球、ゴルフ、陸上と様々なスポーツにチャレンジ。大学時代にはじめた陸上競技では、十種競技にてキャリア1年半という短期間で日本チャンピオンに。

現在は「百獣の王」としてテレビなどに出演しながら、世界マスターズ陸上、ビリヤード、ピアノなど常に新しいものに挑戦し続け、成長と進化を続けている。

アンバサダー紹介

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青木 愛(あおき あい) Ai Aoki

私のスポーツ1000言

全出場国・地域の参加者とハイタッチをする。

プロフィール京都府京都市出身。地元の名門クラブ・京都踏水会で水泳をはじめ、8歳から本格的にシンクロナイズドスイミング(現名称:アーティスティックスイミング)に転向。ジュニア五輪で優勝するなど頭角を現し、中学2年から井村雅代氏(現・代表監督)に師事する。20歳で世界水泳に臨む日本代表に初選出されたが、肩のケガにより離脱。その後も補欠に回ることが多く、「未完の大器」と称された。苦労の末、不退転の決意で臨んだ北京五輪代表選考会では劣勢を覆して代表の座を獲得。 欧米選手に見劣りしない恵まれた容姿はチーム演技の核とされた。
引退後は、メディア出演などを通じてアーティスティックスイミングに限らず、幅広いスポーツに携わっている。

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朝原 宣治(あさはら のぶはる) Nobuharu Asahara

私のスポーツ1000言

私も10年ぶりに競技復活しましたので、
2021大会まで調子を上げていきたいと思います。
一緒に競技を楽しみましょう!

プロフィール大阪ガス株式会社 地域共創部門 近畿圏部 地域活力創造チーム マネジャー
北京五輪4×100mRメダリスト 1972年生まれ
兵庫県立夢野台高校→同志社大学→大阪ガス株式会社

同志社大学3年生の国体100mで10秒19の日本記録樹立。大阪ガス株式会社に入社後、1996年初のアトランタオリンピックでは100m、走幅跳、4×100mRで出場。日本人選手として100m準決勝に28年ぶりに進出した。オリンピックには4回連続出場。世界選手権には6回出場し、100mの日本記録を3度更新した。自己最高記録は10秒02。2008年北京オリンピック4×100mリレーでは、悲願のメダル獲得。現在は、陸上競技クラブ「NOBY T&F CLUB」の主宰者、一般社団法人アスリートネットワークの副理事長として「スポーツを通じた健康力の高いまちづくり」活動を推進している。

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有森 裕子(ありもり ゆうこ) Yuko Arimori

私のスポーツ1000言

スポーツが生む“生きる力”をこれからも信じ
全力で応援するぞ!

プロフィール1966年岡山生まれ。日本体育大学卒業後、リクルート入社。バルセロナ、アトランタ両オリンピックでメダリストになり、その後に続く日本女子マラソン黄金期の幕開けを切った。アトランタオリンピック後、国内のプロマラソンランナー第1号に。
現役引退後は、国際オリンピック委員会(IOC)スポーツと活動的社会委員会委員、日本陸上競技連盟理事、認定NPO法人ハート・オブ・ゴールド代表理事、スペシャルオリンピックス日本理事長、厚生労働省いきいき健康大使など、国内外のマラソン大会やスポーツイベントに参加する一方、国際的な社会活動に取組んでいる。
2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞。

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岩崎 恭子(いわさき きょうこ) Kyoko Iwasaki

私のスポーツ1000言

スポーツで笑顔に!
WMGを通して1000人1000通りの
笑顔に出会いたい。

プロフィール競技者として常に前を行く姉を追いかけ、競泳大会に出場。バルセロナ五輪選考会を兼ねた日本選手権で残り1枠を姉と争うこととなり、周囲の予想に反して出場権を獲得した。世界ランクは14位、メダル候補にも挙がらない無名の選手ながら、本番で驚異的な成長をみせ、当時のオリンピック記録を塗り替えるタイムで競泳史上最年少金メダリストに輝く。名言として残るインタビューも相まって、一躍時の人となった。過剰な注目に苦悩し、不調が続いたが、奮起してバルセロナ大会で2度目の五輪出場を果たした。
引退後は児童の指導法を学ぶために米国へ留学。レッスンやイベント出演を通して水泳の楽しさを伝えている。また着衣泳の講師も務め、水難事故を防ぐ活動にも力を入れている。

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宇津木 妙子(うつぎ たえこ) Taeko Utsugi

私のスポーツ1000言

スポーツの持つ力・魅力の発信!
多くの方が大会会場に足を運んでもらえるよう、大会をサポート!

プロフィール1953年埼玉県生まれ。川島中学校1年時からソフトボールを始める。星野女子高等学校を経てリーグ1部のユニチカ垂井に所属し、1974年世界選手権出場。 1985年に現役引退後、ジュニア日本代表コーチを経て日立高崎の監督に就任。当時3部だったチームを1部で優勝するまでのチームに育て上げた。1997年に日本代表監督に就任、2000年シドニー五輪銀メダル。2004年アテネ五輪銅メダル。2004年9月、日本代表監督を退任。その功績が讃えられ、日本人初、指導者としてISF(国際ソフトボール連盟)の殿堂入りを果たした。2011年にNPO法人ソフトボール・ドリームを設立。現在は後進の育成や競技の普及に尽力している。

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大西 将太郎(おおにし しょうたろう) Shotaro Onishi

私のスポーツ1000言

大会期間中、たくさんの会場に足を運び、
1000人以上の選手、来場者の方々と
握手をして交流を深めます。

プロフィール大阪府東大阪市出身。地元ラグビースクールで競技を始め、バックスとして啓光学園高校3年時には全国大会準優勝、同志社大学時代が大学選手権ベスト4に貢献する。同大4年時に日本代表に初選出され、通算33キャップ出場。2007年ワールドカップフランス大会ではカナダ戦で試合終了間際に同点ゴールを決め、引き分けながらも日本代表の連敗記録を止めるプレーを見せた。2001年からワールドに在籍。ヤマハ発動機、近鉄、豊田自動織機と4チームでプレーし、ラグビートップリーグは通算143試合に出場。2007-08シーズン時にベスト15、得点王、ベストキッカー賞に輝くなど長年にわたって日本を代表するCTBとして活躍した。
2016年1月に引退を発表。現在は立命館大ラグビー部バックスコーチを務める傍ら、各メディアでの中継解説や普及活動に注力している。

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大山 加奈 (おおやま かな) Kana Oyama

私のスポーツ1000言

年齢、性別、国籍の垣根を越えて、
全ての人が「夢に向かって」輝く舞台になるよう
パワーを送ります!

プロフィール東京都江戸川区出身。小学校2年生からバレーボールを始め、小中高全ての年代で全国制覇を経験。高校卒業後は東レ・アローズ女子バレーボール部に入部した。全日本には高校在学中の2001年に初選出され、2004年には日本をアテネオリンピック出場へ導き、オリンピック・世界選手権・ワールドカップと三大大会すべての試合に出場。力強いスパイクを武器に「パワフルカナ」の愛称で親しまれ、日本を代表するプレーヤーとして活躍した。
2010年6月に現役を引退した後は、バレーボールの解説や講演活動、またキッズコーディネーションの資格を取得し、子どもを対象としたバレーボール教室やスポーツ体験会など、精力的に幅広く活動している。

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荻原 次晴(おぎわら つぎはる) Tsugiharu Ogiwara

私のスポーツ1000言

1,000万人以上の人たちに大会をPRします!

プロフィール双子の兄・健司とともにノルディック複合選手として頭角を現し、大学時代にナショナルチーム入りするが、先に活躍し、国際舞台でも無類の強さを見せる兄に水をあけられたかたちとなり苦悩する。一念発起し、'94年からワールドカップに参戦。世界選手権では団体金メダルを獲得する。日本を代表する選手に成長し、念願の長野五輪に出場、入賞を果たした。
引退後はスポーツキャスターとしてメディアに多数出演。アスリート出身キャスターとして、各競技の若手選手向けにメディア・SNS対応等の講習も実施する。
オリンピアンの代表格の1人として、ウィンタースポーツをはじめ広くスポーツの普及活性に取り組んでおり、17年にはその活動が評価され、日本オリンピック委員会から特別貢献賞を兄弟で受賞した。
アウトドア活動の経験から「次晴登山部」を発足。ツアーを企画し、日本百名山登頂を目指している。

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奥野 史子(おくの ふみこ) Fumiko Okuno

私のスポーツ1000言

関西発のスポーツの祭典として、
参加する選手や関係者だけでなく、
みんなで楽しめる大会に!

プロフィール京都市生まれ。同志社大学大学院修了。バルセロナ五輪シンクロナイズドスイミング(現:アーティスティックスイミング)銅メダリスト。1994年の世界選手権ローマ大会で、それまでのシンクロの常識を覆す女の情念や怒りを表現した笑わないシンクロ「昇華~夜叉の舞」で、史上初の芸術点オール満点を記録し日本人初の銀メダルを獲得。
1995年に現役引退し、その後はスポーツコメンテーターとしてテレビやラジオなど各種メディアで活動。2000年から2年間シルク・ドゥ・ソレイユで、日本人として初めてラスベガスで最高峰の水中ショー「O(オー)」に出演。京都市教育委員や文部科学省中央教育審議会委員などの公職を歴任し、他にも日本水泳連盟アスリート委員も務める。小児がんと闘う子どもや家族の支援団体「チャイルド・ケモ・ハウス」への協力など、社会活動にも取り組む。2015年にはシンクロクラブを立ち上げ、競技の普及にも努めている。夫、朝原宣治(北京五輪4×100mリレー銀メダリスト)さんとの間に1男2女。

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奥原 希望 (おくはら のぞみ) Nozomi Okuhara

私のスポーツ1000言

1人でも多くの人にスポーツをやる喜びを感じて欲しい、
私自身も頑張ります!!

プロフィール生年月日:1995年3月13日、出身:長野県大町市、出身校:埼玉県立大宮東高等学校、所属:日本ユニシス。
父、姉、兄の影響で小学校1年生からバドミントンを始める。6年生の時に全国小学生バドミントン選手権大会でベスト8進出。
大町市立仁科台中学校に進学後、全日本ジュニアバドミントン選手権大会で1年生で新人部門ベスト8、2年生で同優勝、3年生で同ジュニア部門2位と全国区の選手に。 中学卒業と同時に埼玉県立大宮東高等学校へ進学。
1年生と2年生時に全日本ジュニア選手権を連覇。1年生時から国際試合にも出場し、世界ジュニアバドミントン選手権大会で銅メダルを獲得。
同年の全日本総合選手権を史上最年少の16才8ヶ月で制し日本代表入り。日本ユニシス株式会社へ入社後は、2013年に左膝、2014年に右膝の手術を受け、苦しい2年間を過ごしたが、2015年にマレーシアマスターズ、USオープン、ヨネックスオープンジャパン、全日本総合選手権大会で優勝。
スーパーシリーズファイナル日本人女子シングルス初制覇。全英オープンでも日本勢39年ぶりとなる優勝を飾る等、快進撃を続けて完全復活を遂げる。
2016年のリオデジャネイロオリンピック女子シングルス代表に選出され、シングルスでは日本人初となる銅メダルを獲得。2020年の東京オリンピック出場、金メダル獲得を目指す。

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小椋 久美子 (おぐら くみこ) Kumiko Ogura

私のスポーツ1000言

スポーツの魅力をたくさんの人に伝えたい!
様々な競技のルールを勉強します!

プロフィール元バドミントン日本代表/スポーツキャスター/バドミントン解説者
1983年7月5日生まれ。三重県出身。
8歳の時、姉弟影響を受けバドミントンを始める。2002年に全日本総合バドミントン選手権シングルスで予選から出場し優勝。2007年世界選手権3位、翌年の北京オリンピックで5位入賞。全日本総合バドミントン選手権では5連覇を達成。
2010年1月に現役を引退。現在はメディア出演、スポーツキャスター、バドミントン解説・指導を主にバドミントンを通じてスポーツの楽しさを伝える活動を行う。

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狩野 舞子 (かのう まいこ) Maiko Kano

私のスポーツ1000言

世界中の方々にもっともっとスポーツを、
もっともっとバレーボールを好きになってもらえるよう、
盛り上げていきます!

プロフィール15歳で全日本代表候補に選ばれたが、成長に伴う腰痛に苦渋し、期待されたアテネ五輪代表入りはならず、名門・八王子実践高校のエースとして春高バレーなどで活躍し、再び注目を集める。久光製薬スプリングスに入団し、開幕戦スタメンと順調なスタートを切った。
全日本で国際大会にも出場したものの、2年間に左右のアキレス腱を断裂する不運に見舞われた。持病の腰痛、足の治療に専念するためチームを退団。その後、世界最高峰と言われる2大海外リーグ(イタリア、トルコ)へ挑戦し、夢を叶えてロンドン五輪に出場した。翌シーズンからは久光製薬スプリングスに復帰しセッターに転向。15年には1年間競技から離れての休養を経て、翌16年、PFUブルーキャッツでスパイカーとして復帰し、2017/18シーズンには、Vチャレンジリーグの準優勝に大きく貢献する。
2018年5月、惜しまれながらも現役を引退。引退後はこれまでの経験を活かし、活動の場を広げている。

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亀山 つとむ (かめやま つとむ) Tsutomu Kameyama

私のスポーツ1000言

大会中に、1000人の方々と
スポーツについての言葉を交わす!

プロフィール大阪府大阪市生まれ。鹿屋中央高校から、1988年にドラフト外で阪神タイガースに入団。プロ入り当初は内野手であったが、俊足を活かして外野手に転向。ウエスタンリーグで盗塁王、2年連続の首位打者を獲得する。また、同じ頃参加した米国フロリダ州での教育リーグで目の当たりにしたメジャーリーグを目指す外国人選手に影響を受けて全力プレーをモットーとするようになり、一塁へのヘッドスライディングやダイビングキャッチでファンを沸かせた。92年に1軍定着。同時期に活躍した新庄剛志氏と共に「亀新フィーバー」を巻き起こし、低迷していたチームの躍進源となった。
ゴールデングラブ賞1回、オールスター出場2回。その後は故障が相次ぎ、97年オフに28歳で引退。野球解説・評論活動を行う傍ら、少年野球チームの監督を務め、世界大会優勝にも導いた。

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桑田 真澄(くわた ますみ) Masumi Kuwata

私のスポーツ1000言

2021年まで、キレのある球を投げられる
コンディションを維持します!

プロフィール●PL学園高校で甲子園に5季連続出場(優勝2回、準優勝2回)を果たす。通算20勝を記録。
●1985年、ドラフト1位で読売巨人軍に入団し、2年目の87年に沢村賞を獲得。94年に最多奪三振王となり、シーズンMVPを獲得。国民的行事と言われた「10・8 決戦」で胴上げ投手となるなど、チームの優勝に大きく貢献する。95年6月、試合中に右肘靭帯断裂の重傷を負うが、トミージョン手術と長期のリハビリの末、97年4月に復活。02年には最優秀防御率のタイトルを獲得した。
●2006年、メジャーリーグ挑戦のため21年間在籍した巨人軍を退団。07年にピッツバーグ・パイレーツでメジャー初登板を果たす。(ヤンキースタジアム)08年3月に現役を引退。通算173勝。
●2010年、早稲田大学 大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。
●2016年、東京大学 大学院総合文化研究科を修了。現在は特任研究員として研究を続けている。
●その他、野球解説、評論、執筆活動、講演活動も行っている。
■主な著書「心の野球-超効率的努力のススメ」(幻冬舎、2010年)「野球の神様がくれたもの」(ポプラ社、2011年)「常識を疑え」(主婦の友社、2015年)「東大と野球部と私」(祥伝社、2016年)ほか多数
■公式ホームページ http://life-is-art-18.com

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斉藤 和巳 (さいとう かずみ) Kazumi Saito

私のスポーツ1000言

京都出身者として、海外の方々に
“ならでは”のおもてなしを伝えたい!

プロフィール1996年、南京都高校からドラフト1位で福岡ダイエーホークスに入団。2000年にプロ初勝利を挙げ、この年5勝をマークした。
2003年は、初の開幕投手を務め勝利投手になると、先発登板16連勝、登板試合15連勝という記録を達成。この年20勝3敗という好成績で最多勝、最優秀防御率、最高勝率、ベストナイン、沢村賞などタイトルを総なめにし、チームのリーグ優勝、日本一に大きく貢献した。
2005年、プロ野球史上初となる14連勝以上を達成、この年にも最高勝率、最優秀投手のタイトルを獲得した。
翌年の2006年には、自身3度となる開幕投手を務め、8月には月間MVPを受賞。同月に記録した2試合連続2桁奪三振での完封勝利は球団史上初の快挙であった。この年、18勝5敗、防御率1.75、205奪三振、勝率.783を記録し、勝利数・防御率・奪三振・勝率の投手四冠を達成。完封数もリーグトップで2リーグ制以降4人目となる投手5冠を達成し、パリーグ史上初の2度目の沢村賞も受賞した。
その後はリハビリ担当コーチとして、3年間現役復帰を目指しトレーニングを続けたが2013年に惜しまれながらも引退を決断した。

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迫田 さおり (さこだ さおり) Saori Sakoda

私のスポーツ1000言

誰でもたくさんのスポーツにチャレンジできる
夢のような大会。
いろいろな角度からスポーツの面白さを伝えていきます。

プロフィール実姉の影響で、小学3年からバレーボールを始め、中学、高校ではセンターエースとして活躍。高校卒業後は東レアローズに入団。2008年のAVCアジアクラブ選手権において、ベストスコアラー賞を獲得。09-10シーズンよりレギュラーに定着し、同シーズンで初のサーブ賞とベスト6に選出される。また、Vプレミアリーグ、2010日韓Vリーグトップマッチ、第59回黒鷲旗大会との3冠を果たす。
10年4月からは、全日本代表登録メンバーとなり、同年開催のワールドグランプリに出場。12年の世界最終予選キューバ戦でチーム最多の20得点をあげ、チームの勝利と五輪出場権獲得に導く。同年8月のロンドンオリンピック3位決定戦で先発出場し、23得点と大活躍。全日本28年ぶりのメダル獲得に大きく貢献した。Vプレミアリーグ13/14シーズンでは、日本人プレーヤーとして、10シーズンぶりの得点王(最多得点)に輝く。16年のリオデジャネイロオリンピックにも代表選手として出場(5位入賞)。16-17プレミアリーグ及び黒鷲旗大会に出場した後、17年5月をもって東レ・アローズを退団し、現役を引退。
現在は、テレビ、トークショー、バレーボールのクリニックなどさまざまな活動を行っている。

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杉本 美香(すぎもと みか) Mika Sugimoto

私のスポーツ1000言

世界中の方々とスポーツで会話し、スポーツを楽しみ、スポーツでしか味わえない感動を共感し、全員と仲良くなって、笑顔というゴールを目指したいです。

プロフィール現役時代は度重なる大けがに悩まされたが、その試練に打ち克ち、2010年東京の世界選手権では78kg超級と無差別で金メダルを獲得。日本人女子選手初となる二階級制覇を成し遂げた。そして2012年、ロンドンオリンピック出場を果たすと、78kg超級で銀メダルを獲得した。
現役引退後は、持ち前のリーダーシップと明るい性格でコマツ女子柔道部のコーチとしてだけでなく、テレビ・イベント出演や、柔道教室などを全国各地で行ない、普及活動にも取り組んでいる。

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杉山 愛(すぎやま あい) Ai Sugiyama

私のスポーツ1000言

WMGを通してスポーツに年齢は関係無く楽しめることを、次世代の子供達に伝えていきたい
私も新しいことにチャレンジし続けます!

プロフィール神奈川県横浜市出身4歳でラケットを握り、15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位に輝く。17歳でプロに転向し、34歳まで17年間のプロツアーを転戦。グランドスラムで4度の優勝。グランドスラムのシングルス連続出場62回は女子歴代1位の記録。オリンピックには4回連続出場。WTAツアー最高世界ランク シングルス8位 ダブルス1位。2009年10月、東レパンパシフィックオープンを最後に現役を引退。現在は情報番組のゲストコメンテイター、グランドスラムのコメンテーター&解説など多方面で活躍 2018年11月にITF公認「Ai Sugiyama Cup」をスタート

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鈴木 尚広 (すずき たかひろ) Takahiro Suzuki

私のスポーツ1000言

感動を呼ぶスポーツの魅力を伝えます!

プロフィール福島県出身。5歳から本格的に野球を始め福島県立相馬高等学校へ進学。1996年のドラフトで読売ジャイアンツから4位指名で入団。入団後、常勝軍団の中で自らの強みを活かして一軍でのポジションを確立。 2002年から7年連続でチームの盗塁王となる。代走での通算盗塁数の日本記録を保持しており、「代走のスペシャリスト」と評された。
2008年ゴールデングラブ賞、日本シリーズ優秀選手賞を受賞。
2016年オールスターゲーム(日本プロ野球)へ出場。代走日本記録132盗塁を達成し、6度のリーグ優勝。3度の日本一を経験する。2016年10月に引退を発表。
引退後は大学へ通い学問を学びつつ、トレーナー、メンタルトレーニングに関する資格の取得を目指す。
現在はスポーツコメンテーター、講演活動の他執筆活動も行っている。
【書籍】
・「失敗する事は考えない」(実業之日本社)
・「Be Ready~準備は自分を裏切らない~」(扶桑社)

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髙山 樹里(たかやま じゅり) Juri Takayama

私のスポーツ1000言

世界各国の方たちとスポーツの素晴らしさ!
スポーツから生まれる力を伝えたい!
全力で応援します!!

プロフィール小学校1年からソフトボールを始める。名門・埼玉栄高校3年時には国体で優勝、その後、日本体育大学ー豊田自動織機と進み、ともにエースとしてチームの勝利に貢献。また、数々の国際大会に出場し、アトランタ、シドニー(銀メダル)、アテネ(銅メダル)と3大会連続の五輪出場も果たしている。得意のライズボールを武器に上げた五輪通算8勝は、現在でも五輪最多勝記録となっている。2009年7月ボブスレー競技(女子2人乗り)でバンクーバーオリンピック出場を目指すことを発表。その後スケルトンに転向し冬季オリンピック出場を目指した。
現在は各地でソフトボール教室を行ないながら、トータル・オリンピック・レディス会会長、日本車椅子ソフトボール協会会長、 NPO法人ソフトボール・ドリーム理事、などの役職を兼務している。2017年愛知県で車椅子ソフトボールチームを設立した。162cm、B型。右投右打。柔道2段。

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